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鮨を通じて、世界の人々へ日本文化を伝える。/松乃鮨四代目・手塚良則インタビュー

鮨を通じて、世界の人々へ日本文化を伝える。/松乃鮨四代目・手塚良則インタビュー

東京・大森海岸駅近くに佇む、1910年創業の歴史ある寿司店、松乃鮨。カウンター越しに流暢な英語で、ネタの産地や調理方法まで解説してくれるのは、四代目の手塚良則さんだ。彼は、sushi ambassadorとして、自身が海外生活で培った英語力やホスピタリティーを生かし、オリジナリティーあふれるサービスを提供、インバウンド客を魅了しています。そのおもてなしの極意について話を伺いました。

一生に一度、日本の東京ならではの、そのお客さまに合わせた鮨体験をご提供する

一生に一度、日本の東京ならではの、そのお客さまに合わせた鮨体験をご提供する

大森海岸駅からすぐのところにある松乃鮨。この辺りは古くは料亭街で、松乃鮨も料亭からの注文を受けることもあったという。残念なことに当時の建物は焼失してしまったが、以前の趣を感じられるようなしっとりとした佇まいを今に残す。

Q 松乃鮨さんは、外国人観光客からの人気が高いと伺っていますが、どんなサービスを提供されているのでしょうか。

海外からいらっしゃるお客さまにとって、一生に一度かもしれない大切な日本旅行の2時間を、私の「鮨」のためにいただきます。できる限りのことをしてお迎えし、日本旅行のハイライトになるように努めています。
一生に一度、日本の東京ならではの、そのお客さまに合わせた鮨体験(Only in Japan, only in Tokyo, just for you. A once in a life time sushi experience)をご提供するのが私のミッションです。

ですから、決まったOMAKASEコースを食べてもらうのもよいのですが、当店では、なるべくお客様の味の好みや、食に対してどれくらいチャレンジ精神をお持ちかなど、事前情報はもちろん、当日にも、さまざまな角度からお客さまの情報を得て、その方のお好みに合うような鮨を提供しています。
例えば、「マグロが好きなので、日本の鮨店で新鮮な絶品のネタを食べてみたい」という方もいれば、「生の魚介にはまだ抵抗がある」という方もいる。後者の場合、炙ってご提供するなど、お国や人によって異なる、食の好みに柔軟に対応するようにしています。
もし同じグループの中に「私はベジタリアンだ」という人がいれば野菜鮨を提供しますし、宗教的な理由で食べられないものがあるとしたら、もちろん対応します。同じ空間を全員で楽しんでもらい、心からの笑顔で帰っていただきたいと思っています。

国際社会・多民族文化においては、言葉にしないと伝わりません

国際社会・多民族文化においては、言葉にしないと伝わりません

店内に足を踏み入れると鮨酢の香が漂い、またたく間に食欲が促される。鮨職人が鮨を握る姿や、やり取りを楽しみたいならカウンターで。その他、離れや個室も用意して、お客さまの目的にできる限り添うようにしている。

Q そうした柔軟さは、ご自身が鮨職人になる前に、海外でスキーガイドや旅行ガイドを務めていた時に学ばれたことなのでしょうか。

松乃鮨は私で4代目になりますけれど、その本質は父の代から変わっていないと思っています。父は日本人のお得意様に対して、できるだけお好みのものを仕入れて出すようにしてきました。私は、基本的には父と同じことを海外のお客様に対しても行っているだけです。ただ父は寡黙に握りますが、私はネタの説明から産地のことまで英語でよくしゃべるので(笑)、そこは父と大きく違うところですね。

お客さまが日本人の場合、同じ文化背景を持っているため、言葉を解さなくてもこだわりや想いを感じ取っていただき、伝わることが多くあります。それに加えて、日本では、すべてを語るのは野暮という考え方もあります。
ただ、国際社会・多民族文化においては、言葉にしないと伝わりません。そのため私は、できる限り言語化し、道具も使い、どの国籍の方にも鮨文化を分かっていただけるように心がけています。

もう一つ決めていることは、お昼は海外のお客様をメインに、夜は、海外のお客さまを1組限定にして、それ以外は今まで通りの日本人のお客さまという環境の中で、お鮨を召し上がっていただこうと思っています。
これは私が海外ガイド時代に感じた経験を生かしてのことですが、同じ「美味しい」と言われているお店でも、現地の方が集い、現地の言葉が飛び交うお店と、観光客が多いお店では、私は前者の方が、旅の思い出にも残ると考えています。それを踏まえて、あえて当店でも、今までの日本人が多くいらっしゃる環境を残し、海外ゲストに楽しんでいただいています。「隣りのおじさんに話しかけられて酒を勧められたから飲んでみたけど、これがおいしかったんだよ」というような、異文化交流体験をしてもらえたら嬉しいですね。また、いらした海外ゲストも特別感を味わえると考えております。

それに対してお昼は海外ゲストがメインです。英語でお魚のお話をし、一つ一つの道具のストーリーを説明し、体験にぎりなども行います。日本人と海外ゲスト、どちらのお客さまもハッピーになるような環境を考えています。

この日、用意されたのは大間で獲れたまぐろ。お客さまが海外の方の場合、表面に細かく包丁を入れたまぐろと、何も入れないまぐろとを出し、口の中でのほどけ方の違いを説明して日本料理の技について説明することもある。

提供するものはお鮨ではなく、日本の文化です

Q 外国人の方に鮨を握ってもらう体験コースや、「出張にぎり」などを行っているのも日本文化を知ってほしいという思いからですか?

そうですね。「鮨体験にぎり」にしても「出張にぎり」にしても、私はよく「提供するものはお鮨ではなく、日本の文化です」と説明しています。

例えば「鮨体験にぎり」で来店するお客さまから、「2時間の所要時間の中で、日本を満喫したい」というオーダーがあった時は、寿司のご提供だけではなく、芸者さんを呼んで、昔ながらの料亭での遊び方を体験してもらったこともあります。この大森という場所は、明治時代から旦那衆が集う料亭街があって、芸妓の置屋もあった場所で、今もそれを受け継ぐ店もあります。ただ、踊りを見るだけではよく分からないし、つまらなく感じる可能性もあるため、踊りの背景を解説したり、歌詞カードをつくって「ここで手拍子を入れましょう」と呼びかけ、その場にいる人全員で一体感を持たせるようなプログラムにするなど、工夫を凝らしました。

刺身包丁を使って魚を切る、ワサビをすり下ろすなどの体験は定番のコースです。一方、日本酒を3種類ぐらい用意してテイスティングしてもらった上で、そのお酒がどういう工程で、どんな味を目指して作られているのか説明したり、また、お客さまがこの後関西へと足を運ばれるのであれば、関東と関西の汁物の違いなどをご説明したりもします。
松乃鮨でお鮨を食べることで、日本のお鮨の美味しさも、日本の魚文化の奥深さも、そして日本のおもてなしや、鮨にまつわる伝統工芸についてもご理解いただき、お客様の日本旅行全体をより楽しい思い出になるようにし、日本の価値を上げていきたいと考えています。

ただこれが100人以上集まるMICE (Meeting、Incentive tour、Convention・Conference、Exhibitionの総称)での「出張にぎり」になると、また別の話になります。
大勢の方が集まれば、食について深く知りたい人も、あまり興味のない方も両方いらっしゃいます。興味のない方にとっては、こちらが良かれと思った日本文化を知るプログラムを苦痛に感じるかもしれません。こういう場合は、例えば魚の主な産地や特徴などを記した「魚カード」を準備して置いておくと、興味がある人は見るし、興味のない人はスルーできる。相手が取捨選択できるかたちにすると喜んでもらえると思います。

外国人向けに、四代目が魚や産地の説明をするために作った「魚カード」。説明文も自ら作った。日本食や食材に興味がある人は、これを読むだけでも多くの日本文化の情報を知り、楽しむことができるようになっている。

お客様のことを考えて心からお迎えするホスピリティこそ日本の大きな魅力

お客様のことを考えて心からお迎えするホスピリティこそ日本の大きな魅力

Q かゆいところに手が届く手塚さんのホスピタリティーの原点は、どこにあるのでしょうか?

これは私の持論なのですが、日本の田舎の民宿で受けるサービスには、5つ星のホテルを超えるものがあると思っています。
私は学生時代、スキーをするために、新潟や群馬にある民宿によく泊まりに行っていました。「◯◯時の電車で到着する」と連絡すれば、民宿のおばちゃんが「じゃあ着くころに迎えに行くよ」と自家用車で来てくれて、座ったら「寒いでしょう」と毛布を素早く掛けてくれる。宿に着いたら部屋はあらかじめ暖めてあり、お腹が空いていたら「今年できたお米だよ」と食事を出してくれて、「これ好きだったよね」と、好きな漬物が出てくる。もし体調を崩したら「湯たんぽだよ」「お粥を食べな」など、今でいう一人一人にカスタマイズしたone to oneの サービスを心のこもった形で提供してくれる。
効率などではなく、そのお客様のことを考えて心からお迎えするホスピリティこそ日本の大きな魅力であると考え、それを「鮨」を通じて表現しています。

この日本では当たり前に浸透している「おもてなし」を、私なりに「鮨」で表現することで、G20大阪サミットではファーストレディーの方々に対して鮨の昼食会をプロデュースしたり、英国のロイヤルファミリーのイベントにて鮨を握る経験などもできました。今後どこまでチャレンジできるのかわかりませんが、こうした私の姿を見てもらうことによって、日本の若い世代に職人という仕事の面白さや可能性を伝えていければと思っています。

「鮨体験握り」では、英語で解説を聞きながら、日本文化体験が味わえる。

北極海のクルーズ船に乗り、お寿司の講演をしつつ、オーロラのパーティーでお寿司を握る「オーロラ鮨」。

【Profile】
手塚 良則(Yoshi)
東京・大森海岸にある老舗の鮨店、松乃鮨の四代目。学生の時にすし修行を始め、大学卒業後、プロスキーガイドとしてヨーロッパ・北米に4年間駐在。世界100ヶ所以上のスキー場、豪華客船のワールドクルーズ、ヨーロッパのワイナリー巡りといった富裕層向けのガイドをして活動。帰国後さらに修行を重ね、これまでの経歴を活かしてMICE等で鮨を提供するほか、鮨ビジネスコンサルティング、大学や教育機関での食育、国内外の大学や企業での鮨を題材にした講演など、多岐にわたって活躍中。
https://matsunozushi.com