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GO WILD TOKYO 7/ 安心と冒険をつなぐ、アドベンチャーツーリズムガイド育成の最前線

GO WILD TOKYO 7/ 安心と冒険をつなぐ、アドベンチャーツーリズムガイド育成の最前線

東京といえば高層ビルやにぎやかな街並みを思い浮かべる人も多いが、実は大自然も存在するのをご存知だろうか。都心から少し足をのばした多摩・島しょ地域には驚くような自然が広がり、都会の喧騒を離れ、リフレッシュできる絶好の場所が東京にも存在する。最近旅行者に人気のアドベンチャーツーリズムは、「自然」「アクティビティ」「文化体験」の3要素のうち2つ以上で構成される旅の形である。日常を離れ、新たな発見をする旅へ出かけてみてはいかがだろうか。GO WILD TOKYO!

By AAJ Editorial Team

新宿から電車で1時間ほど。清らかな川が流れ、緑豊かな山に囲まれたのどかな渓谷が広がる東京都の西多摩地域。今、ここが、日本のアドベンチャーツーリズムガイドのレベルを国際基準にまで引き上げ、それを全国展開していく活動の中心地となっている。主体となっているのが、フォースウエルネス(現・東京山側DMC)だ。東京都にありながら、国立公園を擁し、豊かな自然や歴史、文化が息づく多摩エリア。この地域は、山や川、四季折々の気候に恵まれ、多くの生きものが暮らす環境が広がっている。自然の中での体験を楽しむ「アドベンチャーツーリズム」を行うのにも、ガイドを育てるのにも最適な場所といえる。今回は、アドベンチャーツーリズムガイド育成プログラムの現場を体験してきた。

ガイドがいるから、冒険できる

ガイドがいるから、冒険できる

何気ないATも、専門のガイドの知識や経験によって安全に楽しく体験ができる。

アドベンチャーツーリズム(以下AT)の経済規模は全世界で約72兆円だが、日本では現在2兆円ほどと決して大きくはない。もっとも、四季折々の自然や歴史的な寺社仏閣など、日本の観光資源は国内外の観光客から高く評価されていることもあって、さらなる市場の拡大が見込まれている。その一方で、日本のATが課題を抱えているのも事実だ。

「2023年に北海道で開催されたアドベンチャートラベルワールドサミットに出席して、日本のガイドの質が、世界と比べるとまだまだ十分でないことを痛感しました。その原因の1つが、日本では自己流でガイドをしている人が多く、そのスキルや見識に関して世界的に認められるような基準が設けられていないことです。そこで、お客さまとガイド自身にとって安全・安心なATを実施し、関係各所の信頼を得て、需要を取りこぼさないためにも、われわれで国際基準の育成プログラムを構築し、ATガイドの育成を手がけることにしたのです」

そう語るのは、フォースウエルネスでATガイド育成プログラムの講師を務める村野夏生さん。

ATガイド育成やツアー造成を手がける団体で、「体・心・経済・ライフスタイル」の4つの健康を軸に、自然体験や環境教育を通じて、人と地域の持続可能な未来を育むことを目指している。AT事業では、日本の自然や文化資源を生かした体験プログラムを国内外に発信し、新たな観光価値の創出にも取り組んでいる。

講座は実際に頭と手を使って参加するため知識や技術が身につきやすい。

屋外で行われたティーチング実習では、受講者の考えに対してフィードバックを行い、実践的な学びを深めた。

講義だけでなく、ツアーのシミュレーションを考える実践の時間も。2日間を通して学びを深める。

国際基準のATガイド普及を目指して

国際基準のATガイド普及を目指して

アウトドアを楽しむための環境倫理プログラム「Leave No Trace L1」の講習がスタート。

フォースウエルネスは、日本国内におけるATの質的向上と、訪日富裕層をはじめとした高付加価値旅行者への対応力を強化するため、日本で初めて、国際基準に準じたATガイド育成プログラムを体系化し、スクールとしての運用を開始した。

村野さん自身、野外指導者資格認定団体のWilderness Education Association Japan(WEAJ)や、環境倫理プログラム資格認定団体のLeave No Trace Japan(LNTJ)のプログラムを修了。WEA(COL)アウトドアリーダー、Leave No Trace Level2 instructorという国際的な資格を持つプロフェッショナルでもある。

AT ガイドは万が一に備えて完全栄養食である食料(トレイルフード)を携行することが大切だと説明する村野さん。

今回のプログラムには、日本全国から現役のATガイド、ATガイド志望者が参加。「Leave No Trace 」(以下LNT)の7つの原則に従って、村野さんによる講義と、参加者のグループが相互にティーチングを実践することで進められた。

ATガイドとしての知識や技術の吸収に熱心な参加者は、村野さんのリードもあって、早々とお互いに打ち解け、活発に意見交換を行う。一方のグループのティーチングに対して、本人たちのフィードバック、別のグループからのフィードバック、講師である村野さんからのフィードバックと補足という形で講習が続く。屋内では「事前の計画と準備」や「見たものはそのままに」、野外では「影響の少ない場所での活動」や「最小限の焚き火の影響」といった原則に基づくテーマが扱われた。

ティーチング実習後のフィードバックでは、もう一方のグループと村野さんから、よかった点と改善すべき点が伝えられた。

「お客さんに迷惑をかけず、皆さんからいろいろな意見が聞けるのは、本当に貴重な機会です。高尾山に登って、実践で学べる点も、価値のあるプログラムだと感じられます。私も、いずれは、自分が活動している糸魚川周辺でこうした講習を開けるようにしたいです」(参加者:柏倉隆行さん)

「ティーチングの経験は初めてだったので、なかなかうまくいかないところもありましたが、ATガイドの知識、技術を体系的に学べるのはありがたいですし、その手法を地元に持ち帰り、国際基準の認定資格を持ったATガイドをどんどん増やしていきたいですね」(参加者:近藤一郎さん)

ATガイドとしての知識や技術の向上の必要性を感じている参加者も、今回のプログラムに手応えを感じている様子。フォースウエルネスのATガイド育成事業はまだ始まったばかりだが、すでに種はまかれつつある。その種が芽吹いて、育ち、花を咲かせて、また新たな種がまかれる。日本全国で国際基準のATガイドが活躍する姿が見られる日も、それほど遠くないかもしれない。

ガイドと歩くモデルツアーの魅力

ガイドと歩くモデルツアーの魅力

フォースウエルネスの提案する御岳山のハイキング・登山コースを体験。

もうひとつの課題が、ATの“中身”、つまり体験プログラムそのものの充実だ。

「日本には多種多様な魅力や風土を備えた観光地がたくさんありますが、成熟したATコンテンツはそれほど多くありません。ATガイドの育成とともに、ATコンテンツの造成・拡充も、われわれの使命の1つだととらえています」と、村野さんは、こうした課題にも目を向けている。

そこで、フォースウエルネスでは、ATのコンテンツ造成の一環として、モデルコースの開発を進めている。そのひとつが、青梅市・御岳山を舞台としたツアープログラムである。

実際にこのツアーに参加してみて印象的だったのは、自然や歴史をただ「知る」「見る」だけでなく、地域の人々と深く関わりながら体験が組み立てられているという点である。何度も現地に足を運び、神職である御師(おし)や宿坊の方々と信頼を築きながら作り上げられた、地域とともにあるプログラムだと実感した。

ツアーは、御岳登山鉄道・滝本駅からケーブルカーで御岳山駅へ。御師が暮らす集落を通って、武蔵御嶽神社を目指す。ガイドを務める村野さんが、道中で御岳山の歴史や信仰の背景、地域文化について丁寧に解説してくれるため、観光とはひと味違った学びのある時間となる。

神社では、本殿内で正式参拝を体験。作法や所作は事前に村野さんが説明してくれるため、初めてでも安心して臨むことができた。

標高929メートルの御岳山山頂には、武蔵御嶽神社が鎮座し、古くから「天空のパワースポット」としても知られ、多くの人が訪れる。

正式参拝では、神職によるお祓いも受けられる。

参拝後は、宿坊で昼食をいただいた。御岳山の宿坊はすべて、神社に仕える御師(おし)の方々が営んでおり、訪れる人々をあたたかく迎え入れてくれる。

午後は、苔むした岩と清流が織りなすロックガーテン(岩石園)という静かな森を歩きながら、植物や動物、地形にまつわる解説を行ってくれる。滑りやすい場所や傾斜のある道では、安全な歩き方の指導もあり、初心者でも安心して楽しむことができた。

自然、文化、信仰、そして人との出会い。こうした多層的な体験がひとつにまとまった御岳山のATは、ただの観光とは違う、深みのある学びの時間である。知識と経験を持つガイドの存在、地域との連携、そして丁寧な関係づくりが、体験全体の質を支えていることを強く実感した。

ランチだけでも利用できる宿坊があり、タイミングが合えば御師に直接、歴史などの話を聞けることも。

休憩では山の中で、お湯を沸かして淹れてもらった八王子の桑からできた桑茶と、名物のきび餅を味わった。⽵の茶器も地域のおじいちゃんが竹から切って作った地産素材である。

誰もが安心して“冒険”できる未来へ

誰もが安心して“冒険”できる未来へ

フォースウエルネス AT ガイド育成プログラム講師の村野夏⽣さん

今回、御岳山でのモデルツアー、そして高尾山周辺のLNTのプログラムに同行して実感したのは、ATが非日常的な楽しい体験であるのと同時に、実は危険と隣り合わせであるということだった。

例えば、御岳山のロックガーデンまでのハイキングの最中に、メンバーがケガをして、そこで日が暮れてしまったら、どうなってしまうのか。残念ながら、山中には人家はもちろん、明かり1つさえなく、携帯電話の電波もほとんどない。それでも、村野さんと一緒なら、おそらく無事に翌朝まで過ごせるだろう。それは、彼が、万が一のときのための装備や知識・技術を備えているからにほかならない。プロフェッショナルのATガイドの存在が、私たちを安全・安心な“冒険”へと導いてくれるのだ。

自身のATガイドとしての成長だけでなく、ほかのATガイド育成のためのティーチングにも重点が置かれているのが、今回のプログラムの特徴だ。

「ツアーの参加者の安全・安心はもちろん、環境やほかのビジターへの配慮、自然や文化への深い理解など、国際標準のATガイドには身につけなければならないことがたくさんあります。

そのため、ATガイドの育成は一朝一夕で成し遂げられることではありませんが、今後さらに日本全国の自治体、DMO (観光地域づくり法人)やDMC (観光マネジメント会社) と連携を深めながら、ガイドの質の向上と普及を進めていくつもりです。

それによって、日本中のどこでも、あるいは日本各地を巡るようなATを国内外のお客さまに提供できるようにしたいと考えています。

国際的な認定資格を持つ AT ガイドが増えることで、日本のATを安全にガイドできる方が増え、体験やツアーの質も向上するので日本のインバウンドが一過性でなく、なんども訪れたい場所へと変わるのだと思います。

そして万が一のことがあってもその国際的な認定資格に基づいた行動や説明がガイドを守り、結果的に海外の旅行代理店も信頼してくれると思います。」(村野さん)

携行する必需品、パッキングの順序を把握しておくことは、ATガイドにとっては基本中の基本。

「Leave No Trace」の日本版テキスト。

運営団体:一般社団法人フォースウエルネス
会社名:株式会社東京山側DMC
Webサイト:https://mt-tokyo.com/

※本内容は、「(公財)東京観光財団 アドベンチャーツーリズム推進事業助成金」を活用して実施しています



文/村次龍志 写真/湯浅立志

AAJ Editorial Team

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