GO WILD TOKYO 4/ 小笠原、海だけじゃない“もうひとつ”のアドベンチャー
東京といえば高層ビルやにぎやかな街並みを思い浮かべるかもしれないが、実は身近に豊かな自然が存在することをご存知だろうか。都心から少し足を伸ばした多摩・島しょ地域には、都会の喧騒を離れてリフレッシュできる場所がある。最近注目を集めるアドベンチャーツーリズムは、「自然」「アクティビティ」「文化体験」の3要素のうち2つ以上で構成される旅行のこと。日常から離れ、新たな発見をする旅に出かけてみよう。GO WILD TOKYO!
By AAJ Editorial Team東京都から南へ約1,000km、24時間の船旅でたどり着く小笠原諸島。世界自然遺産にも登録されたこの島々には、固有種が多く生息し、手つかずの自然が今も色濃く残されている。今回訪れたのは、父島の中でも観光地化されていない北袋沢エリア。2023年、この地で海だけではなく山の魅力も満喫できる自然体験スポット「カナカヴィレッジ」が誕生。都市の喧騒から離れ、自然と調和した滞在を求める人にとって新たな選択肢となりそうだ。
もうひとつの父島へ ─ 森の中にある「カナカヴィレッジ」
山々に抱かれるように広がる「カナカヴィレッジ」。森の中だが海岸へのアクセスも良い。
小笠原諸島最大の有人島であり、定期船おがさわら丸が発着する父島は、諸島全体の住民のおよそ8割が暮らす。南国の雰囲気漂う中心街・大村地区には商店や宿泊施設、観光案内所などが集まっている一方で、島の外れに足を伸ばせば、手つかずの森や断崖、ひっそりとした入り江が広がっている。観光の便を優先すれば街中の宿が定番だが、自然の魅力をじっくり味わいたい人にとっては、より静かなエリアでの滞在が魅力的な候補となりそうだ。
カナカヴィレッジの敷地に広がるガジュマルの森を散策。自然に包まれた静かな時間が、ここでの滞在を特別なものにしてくれる。
父島の南部にある、森と山に囲まれた内陸の北袋沢エリアにあるのが「カナカヴィレッジ」だ。バンガローコテージが6棟あり、海岸から離れた静かな立地で自然との調和を感じながら、ハンモック編みやコーヒー焙煎、テントサウナといった体験を楽しむことができる。“ラグジュアリー・エコ”を掲げ、快適さと環境配慮の両立を追求したつくりが特徴だ。
この施設を運営するのは、父島で自然ガイドやカフェ運営などを手がけてきた株式会社小笠原エコツーリズムリゾート。代表の竹澤博隆さんは、長年にわたり海と山の両方をガイドしてきた経験から、「滞在そのものが自然と向き合う時間になる場所をつくりたい」という思いを温めてきた。その構想を具体化する契機となったのが、観光業が一時停止したコロナ禍だった。
カナカヴィレッジの農園エリア。敷地内ではバナナやコーヒーなど、様々な作物を育てている。
「仕事がなくなって、“スタッフ全員でこれから何をしようか”と考えたとき、この森の存在を思い出したんです。もともと荒れた農地跡で、誰も手をつけていなかった場所でした。そこで仲間たちとスコップを手に開拓を進めるうちに、“ここならではの時間”が生まれるかもしれないと思えてきました」(竹澤さん)
敷地の中心には枝を広げたガジュマルの大木がそびえ、そのまわりに宿泊棟となるトレーラーハウスやキッチントレーラー、テントサウナなどが点在する。
森の中に溶け込むように建てられたトレーラーハウス。広々とした屋根付きテラスがあるので、雨の日でも自然を感じながら過ごせる。
木の温もりに包まれたトレーラーハウスの客室。キッチンやトイレ、シャワールームが備えられていて、最大5名まで宿泊が可能。
また、北袋沢エリアは通信キャリアの電波状態が決して良くない。そこで通信環境を安定させる中継アンテナや、生ごみ処理機、また都市部から訪れる虫が苦手な人へ配慮し殺虫灯なども整備されている。過度な快適さに頼らず、それでいて安心して過ごせる空間づくりは、竹澤さんの目指す“自然と調和した暮らし”の思想を体現している。
(左)山の奥地でも安定した通信環境を確保できるようにアンテナを設置。滞在の質を支える。(右)固有種への影響を避けるため、宿泊棟から離れた場所に設置された電撃殺虫灯。
手を動かす、森を感じる ─ 多様な体験プログラム
手編みのハンモックに揺られながら、森と山に囲まれたテラスで過ごす贅沢なひととき。
島を訪れる観光客の多くは、限られた滞在時間のなかでガイドツアーを詰め込み、スケジュール通りに島を巡っていく。長年、そうした慌ただしい観光スタイルの現場に身を置いてきた竹澤さんは、時間に追われて島の自然や暮らしにじっくり触れられない状況にずっと違和感を抱いていた。
「せっかく自然が豊かな島なのに、予定がぎっしり詰まっていて、じっくり腰を据えて過ごす時間がほとんどない。もっと、ただそこにいるだけで満たされるような滞在があってもいいと思ったんです」
そんな発想から生まれた体験プログラムのひとつが「ハンモック編み体験」だ。ロープを結びながら編んでいくこの作業は、特別なスキルがなくても誰でも始められ、完成したハンモックは森の木々に取り付けて実際に使用できる。
ハンモックの編み方を初心者向けにレクチャーしてくれるので、誰でも安心。ブランコの様に使う小さめのチェアタイプであれば、4時間ほどで完成する。
丈夫なガジュマルの木に、自分で編んだハンモックを吊るして過ごす島時間。
「小笠原まで来たのに雨で何もできなかった、という人もいます。そんなときこそ、何もしないことを楽しめる場所でありたい」と竹澤さん。多様な体験プログラムは、滞在中の時間をより豊かにするためのひとつの仕掛けだ。
「小笠原のコーヒーは酸味が控えめでやさしい味わいが特徴」と矢田部さん。
同じく敷地内で体験できるのが、小笠原ゆかりのコーヒーを使った焙煎体験だ。小笠原のコーヒー栽培は明治初期に始まったが、1944年の強制疎開で一度途絶した。1968年の返還後、戦前に植えられた種から自然に芽生えた若木やかろうじて残っていた原木が見つかり、それらを基に栽培が再開された。現在も島の農家が受け継いで丁寧に育てている。カナカヴィレッジの農園を管理する矢田部克也さんは「この土地のコーヒーには他にないストーリーがあります。だからこそ、ただ飲むだけじゃなく、自分の手でコーヒーを完成させる時間に意味があると思うんです」と魅力を語る。
小笠原で育ったコーヒー豆を煎り、自分で淹れた一杯を森の中で味わう。
さらに、カナカヴィレッジには薪を使ったテントサウナも設けられている。使われている薪は、敷地の整備中に伐採された外来種の木を再利用したものだ。「誰かの役に立つ形で最後まで使えたらと思って」と竹澤さん。サウナで身体を温め、外気浴で森の風を感じる。そのリズムそのものが、島の自然に包まれる時間へと誘ってくれる。
ヴィレッジの各所に設置されたテントサウナ。
キッチントレーラーでは、島で採れたバナナやパッションフルーツを使ったスムージー作り体験のプログラムも用意。
食事は食材を持ち込んでの自炊が基本だが、オプションで島食材をアレンジしたBBQをオーダーすることも可能。
自然と対話する夜 ─ 小笠原らしい静かなアクティビティ
人工の明かりが届かない小笠原の夜空。晴れていれば天の川まではっきりと見える。
滞在時間をより豊かにするという発想は、夜の過ごし方にも表れている。カナカヴィレッジがある北袋沢エリアには街灯がなく、日が沈むと一帯は深い暗闇に包まれる。
「星空を楽しんでもらうには、明るすぎないことが大事」と竹澤さん。施設ではあえて照明を最小限にとどめ、客室には明るさを細かく調整できる調光式の照明を採用。星空や月の明かりが主役になるように空間が整えられている。
夜の森に溶け込むテントサウナ。薪の灯りだけが静かに揺れ、星空と外気浴を楽しむ贅沢な時間が流れる。
テントサウナは夜間も利用可能で、薪のあかりに照らされたサウナの中でゆったりと温まり、外気浴をしながら星空を眺める時間は格別だ。静けさに耳を澄まし、風や虫の音に身をゆだねる。日中のアクティビティとはまた違ったかたちで、自然との距離を縮めてくれる。
オカヤドカリは夜行性のため、夜の海岸付近では高確率で遭遇できる。
また、敷地内でのんびりと過ごすだけでなく、夜の自然に触れるナイトツアーも用意されている。今回参加したツアーでは、近くの海岸まで足を延ばして、星空を見上げながら天然記念物のオカヤドカリを捜索。同じく天然記念物のオガサワラオオコウモリや、ほのかに発光するキノコ「グリーンペペ」にも出会うことができた。ハブのような毒蛇がいない島だからこそ、夜でも安心して歩くことができるのも小笠原の魅力だ。
グリーンペペは1cmほどの小さな光るキノコ。父島では5月〜11月の雨上がりの夜、暗闇で光る神秘的な姿が見られる。
東京で一番遠いアドベンチャー 島の未来をつくる施設
小笠原エコツーリズムリゾート 代表取締役の竹澤博隆さん。
今後、カナカヴィレッジでは体験の幅をさらに広げ、より多様な滞在スタイルに応えていくことを目指している。「5年も経てば、新しく植えたコーヒーの木がもっと育って、手作業で組んだ石垣も苔むして、風景に自然と馴染んでくるはずです」と竹澤さん。滞在環境そのものが、時間とともに“自然の一部”として完成していく——そんなイメージを描いているという。
目下検討しているのは、天候に左右されにくい体験プログラムの拡充だ。室内で行える木工やロープワークなどの創作系コンテンツに加え、朝のヨガや森の散策をガイドとともに楽しむようなプランも構想中だ。また、ペリー提督の探検隊が島を横断したルートをもとに、1泊2日で歴史や地形を辿るトレイルツアーの開発も進んでいる。観光施設としての機能にとどまらず、地域の資源や人材とも連携しながら、島の未来に寄与していきたいというのが竹澤さんの思いだ。
「大自然の中で、のんびりした島時間を過ごしてください」と、カナカヴィレッジの運営に携わる岡杏珠さん(左)と原つくしさん(右)。
将来的には、短期滞在者だけでなく、リピーターや長期滞在者の受け入れにも力を入れていく予定。仕事と休暇を兼ねたワーケーションや、静かな環境で創作活動に集中したい人も過ごしやすいような環境を整えていく。
「ここを訪れた方が、“また来たい”と思ってくれたら、それが一番嬉しいんです」と竹澤さん。観光名所として消費されるのではなく、ゆっくりと通い続けたくなる場所に。小さくとも持続可能な観光のあり方を、この島の森の中で模索し続けている。
カナカヴィレッジ KANAKA-VILLAGE
運営:小笠原エコツーリズムリゾート
住所:東京都小笠原村父島北袋沢 【地図】
電話:TEL. 04998-3-5150
Webサイト:https://www.kanaka-village.com/
SNS:Instagram https://www.instagram.com/kanaka_village/
※宿泊料金や、紹介した体験内容は有料オプションのため、最新の情報を公式ホームページより参照ください。
※本内容は、「(公財)東京観光財団 アドベンチャーツーリズム推進事業助成金」を活用して実施しています。
文/まついただゆき 写真/石原敦志