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日本画への愛

日本画への愛

上村松園《待月》1944年、足立美術館蔵

日本の伝統的な様式を汲む近代絵画のジャンル「日本画」。長年日本で暮らすアリス・ゴーデンカーが、豊かで自然な色彩、叙情的な題材、大胆な構図で世界中の人々を魅了する日本画への愛を語ります。
(※この記事は英文記事を翻訳してご紹介しています)

川合玉堂《遠雷麦秋》1952年、山種美術館蔵

私の日本画への恋は、何気ないきっかけから始まりました。美術史家である友人のキャロルから、一緒に山種美術館に行こうと誘われたのです。当時、この日本画専門美術館はまだ現在の広尾の場所に移転していなかったので、少なくとも12年以上前の話になります。展覧会の内容も、何を見たのかさえも思い出せません。でも、それから何年も経った今でも、あの時の心を奪われた感覚は鮮明に覚えています。日本画の豊かな色彩と大胆な構図の中に、私は理想の日本を見出したのでした。

日本画とその魅力

千年以上にわたる日本絵画の伝統を汲んではいるものの、日本画は19世紀後期以降に日本で発展した近代絵画の一ジャンルとして確立されています。明治維新直後、200年以上の鎖国を経て西洋に再び門戸を開いたばかりの日本で、多くの日本人が西洋美術を初めて目にしました。

1880年頃、日本の伝統的な画法で描かれた絵画を西洋の油絵と区別するために「日本画」という言葉が生まれました。しかし、この言葉はやがて、西洋美術の影響が強まる中で日本の著名な画家や批評家の間で起こった日本固有の絵画の復興を目指す運動に関連づけられるようになりました。

横山大観《霊峰四趣・夏》1940年、足立美術館蔵

この運動で中心的な役割を担ったのは、西洋では1906年に英語で出版された『The Book of Tea(茶の本)』の筆者として最もよく知られる岡倉覚三(岡倉天心)でした。岡倉は1889年に開校した東京美術学校の創立に貢献しました(この学校は現在、東京藝術大学と呼ばれる国内随一の美術大学となっています)。当時、日本美術は西洋画に比べて単調で未熟だとする見方が強まっていました。その主な批判は、日本絵画には西洋美術で使われる遠近法や明暗法、陰影法といった立体感や光の変化を表現する技法が欠けているというものでした。これに対し、東京美術学校の校長に就任した岡倉は、生徒たちに空気や光を表現する独自の画法の追求を呼びかけ、西洋のものを借りるのではなく中国や日本の伝統に目を向けることで、真にアジアの絵画と呼べるものを生み出すよう促しました。

竹内栖鳳《班猫》、1924年、重要文化財、山種美術館蔵

その後、岡倉は美術界の権力争いに巻き込まれて東京美術学校を追われましたが、すぐに日本美術院という新しい機関を発足しました。岡倉についていった教え子には、現在では代表的な日本画家として知られる横山大観、菱田春草、下村観山、木村武山らがいました。会員たちが試みたアプローチのひとつは、従来の日本美術の特徴であった明確な輪郭線を用いないことでした。その代わり、彼らは色彩や色調を溶け合わせてその境目や線、輪郭を無くすように彩色する水彩画の技法を用いました。特に、菱田春草と横山大観はこの朦朧体と呼ばれる画法の達人として知られるようになり、彼らの作品は世界中の一流美術館に収蔵されています。

速水御舟、《昆虫二題》のうち「葉蔭魔手」、1926年、山種美術館蔵

当初の新日本画創造運動は、日本の風景や身近な自然の美しさに焦点を当てた、国粋主義的な性質が強いものでした。この運動に賛同した画家たちは、新たに考案された日本画の技法を用いて、花鳥画など日本美術の伝統的な題材を革新的な方向へと発展させました。例えば、速水御舟は昆虫や蜘蛛の驚くほど独創的な表現を生み出し、女流画家の上村松園は、豊かな色彩と余白を大胆に使った構図で、古くからある美人画というジャンルに新しい風を吹き込みました。

今日、日本画は世界中で様々な国籍の画家によって描かれる国際的な美術様式となっています。また、もはや題材も日本の伝統的なものにとどまりません。こうした理由から、現在日本画は一般的にその制作に使用する非常に特徴的な画材によって定義されています。

絹・紙・金・石

絹・紙・金・石

日本画で使われる画材(出典:「よみがえる日本画―伝統と継承・100年の知恵―」 編集:東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学日本画研究室 発行:東京藝術大学大学美術館協力会 2001年(東京藝術大学大学美術館における展覧会図録))

額縁に張ったキャンバスに描くことが多い油絵とは異なり、日本画の支持体(基底材)は通常、絹あるいは楮や麻などの植物繊維を使った手漉きの和紙です。紙の方が扱いやすい一方、絹は透けるため、画面の裏側に絵具を塗ったり金箔・銀箔を貼ったりして豪華さや輝きを加えるといった特殊な技法を用いることができます。

日本画の特徴のひとつである鮮やかな色彩は、細かく砕いた顔料に水と膠と呼ばれる特別な糊を混ぜた絵具から生まれます。この絵具は使用直前に手作業で調合しなくてはなりません。また、この絵具は乾くのに時間がかかるため、支持体はイーゼルにかけるように斜めに置くのではなく、床や机の上に寝かせて平らに置きます。

顔料の多くは、鮮やかな青を生み出す藍銅鉱や、緑青を作るための孔雀石といった半貴石を原料とする希少で高価なものです。土の色合いには様々な粘土や石灰質岩が使われ、胡粉と呼ばれる真っ白の絵具は貝殻から作られます。さらに、日本画では伝統的な墨も広く使われるほか、金などの金属も絵具や粉末、箔として使用されます。日本画の魅力の一部は、素材が元来備えている美しさによってもたらされているのです。

木島櫻谷、《駅路之春》、1913年、福田美術館蔵

この記事では、日本画を紹介するために画像を用意しましたが、デジタルの画像は本物には決して及びません。好きな人と親しくなるには、顔を合わせて一緒に過ごす時間に勝るものはありませんよね。それと同じように、日本画の奥深さや美しさを味わうには、やはり実物を見る必要があります。以下に、素晴らしい日本画コレクションを所蔵する美術館をいくつかおすすめします。一度足を運んでみてください。そうすれば、きっと皆さんも私のように日本画に夢中になると思います。

日本画鑑賞におすすめの美術館

日本の主要な美術館の多くは期間限定の日本画展を開催していますが、中には日本画を常時展示しているところもあります。そのほとんどは外国人観光客に人気の観光地にあるため、日本旅行の途中に気軽に立ち寄ることができます。

東京にある山種美術館は、日本初の日本画専門美術館であり、私が日本画に出会った場所です。近現代の日本画を中心に1,800点以上を収蔵し、奥村土牛135点、速水御舟120点、川合玉堂71点など、特定画家の作品が充実していることでよく知られています。

山種美術館
150-0012 東京都渋谷区広尾3丁目12-36
+81 (0) 47-316-2772

京都・嵐山の竹林の近くにある、美しい川の景色を望む福田美術館は、2019年に新たに開館しました。約2,000点の日本画を所蔵しており、特に京都画壇に関するコレクションが充実しています。

福田美術館
616-8385 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町3-16
+81 (0)75-863-0606

東京の西側、富士山がよく見える人気の保養地・箱根にある成川美術館は、風情あふれる湖畔の日本画専門美術館です。戦後に活躍した加山又造や現代日本画家・柳沢正人など、比較的近年の日本画家の作品を数多く所蔵しています。

成川美術館
250-0522 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根570番
+81 (0) 460-83-6828

島根県松江市からアクセスが良く、見事な日本庭園で有名な足立美術館は、横山大観をはじめとする日本画の巨匠の作品を数多く所蔵しています。毎年開催される日本美術院展覧会(院展)の入選作など現代日本画作品の展示に特化した新館も必見です。

足立美術館
692-0064 島根県安来市古川町320番地
+81 (0)854-28-7111

(訳/津川万里)